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アイザック・アクロイドの初日

「あれが新しく配属されてきた新人か?」

部署内に低い声が通る。
初老の男は、ちょうどデスクを通った、比較的若い男に、目もくれずそう質問を投げかけた。
若い男は足をとめ一言

「そうです。彼です。」

とだけ言い残し、早急に立ち退いた。

「はあ。」

思わず、ため息をついた。
オフィスの、2ブロックほど先の少し開けた場所で、二人が立ち話をしているのだ。
まったく知らない顔と、よく知った顔。
それだけならまだしも、こちらにたまに視線が向けられているような気がした。
しばらくすると、女性は新人を連れて、デスク前まで歩いてきた。
予想は的中した。

「よう、アヴァ。」

ギデオンは、立ち上がりながら、隣の男に目を配った。

「おはよう、ギデオン。こちら、アイザック・アクロイド。」
「よろしくお願いします。」

まるで作り上げられたような笑顔を見せた。
少し、奇妙に思いながらも、アイザックが差し出した手を握り返しながら

「ギデオン・バルフォア。」

とだけ返した。握った手が、ひんやりと冷たい。
二人の握手のタイミングを計ったかの用に、アヴァは口を開く

「今日からあなたのパートナーよ、ギデオン。」
「え?」

ギデオンは、驚きのあまり思わず声をあげた。

「なんだって?」
「見回りも今日から二人で進めてほしいんだ。ギデオン。そっちの所轄の扱いがどうなっているか。わかっているはず。申し訳ないんだけどね…。」

ギデオンはわかりやすくため息をつくと、アイザックを見て、アヴァに視線を移した。
アヴァが肩をすくめる。
その目が、私がそう仕組んだわけじゃない、といっていることはわかっていた。
やるせない気持ちが、どうしてもギデオンを襲う。

「なるほどな...。新人、見回りいくぞ。」
「…はい。」

アヴァは微笑むと、頑張ってね、とアイザックの肩を軽くたたいた。


◆◆


簡素なエレベーターホールで、下いきのボタンを押した。
この昼前の時間、まだエレベーターホールを行き来する人間は少ない。
エレベーターが来るまで、そんなにかからないはずが、ギデオンにとっては長く感じた。
ひとつひとつの音が、今日はやたら大きく聞こえる。
ギデオンは、アイザックをみることもなく、口を開く。

「俺はお前のことを詳しく聞かされてはないが、お前、人間じゃないんだろ。」
「そうですね。」

さも当たり前のことを聞かれたかのように、アイザックは短く返答した。
その目は、ギデオンの後頭部を静かに見つめている。

「そうか。いや、別に不満ってわけじゃないが。」

気まずいことを聞いてしまったようなきがして、首の後ろに手が伸びた。

「わかってますよ。ギデオン刑事。」

アイザックはくい気味にこたえる。
ギデオンの行動から、なんとなく心情を察したのだ。
そこへ、ちょうどよくエレベーターが到着を告げ、扉がひらく。
誰もいないことを確認すると、ギデオンはエレベーターに乗り込む。
アイザックも後に続いた。
ギデオンは勤務証明書カードをかざすと、1Fのボタンを押す。
アイザックはギデオンの行動の隙間を見つけると、言葉を続けた。

「旧捜査一課の予算についても見当がつきます。」

ギデオンは乾いた笑いをもらす。

「あまりにも人が少なく、驚きました。」
「まあな。」
「……。」
「まあ、なんだ。…コストカットだ。今はもう地をいく捜査の時代じゃない。それに、お前がわかっているとおり、犯罪のステージはいまやデジタルの時代だ。俺たちも、必要なくなったわけじゃないが、な。」
「詳しく聞かされていませんが。」

わざとか、アイザックはギデオンと同じ言葉運びをしたうえで

「そこに派遣された私は、テスト用なんでしょうか。」

ギデオンは少し思考をめぐらせ

「そうかもな。もしかすると、だが。俺もそろそろ…。」

言葉をさえぎるように、エレベーターの重い扉が開いた。
ざっと5名ほど、中肉中背の男たちがエレベーターホールでギデオンが乗っていたエレベーターを待っていたようだ。
その間を縫って、1Fのエレベーターホールを後にする。
あくびをかみ殺しながら、ギデオンは勤務証明書カードをゲートのスキャン位置にかざす。
透明な扉が開いて、初夏の空気が鼻腔をくすぐった。

「アツイな。」
「夏、そろそろですね。」
「お前には関係ないだろ。」

証明書カードをポケットに突っ込んで、そのついでに車のキーに触れる。
アイザックは先行くギデオンの背中をみつめながら、小さく笑う。
ギデオンは不思議に思い、振り返る。
はじめに感じた、彼特有の作られた笑みはなく、限りなく人間にちかい、小さな、複雑な微笑に混乱した。

「いいえ、実は、ありますよ。」

ギデオンの心情を知ってかしらずか、アイザックはまるで予想できない回答を返す。
そのころには、複雑な微笑は、顔から消えていた。
わざとらしい、真剣な顔に戻っていたのだ。

「それと、私の名前は、お前、ではありません。」

ギデオンは目を細める。